コトバ紡ぎ

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Imagine

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[Cybershot T-9]

「イメージの詩」
   作詞・作曲・唄 : 吉田拓郎

これこそはと信じれるものが
この世にあるだろうか
信じるものがあったとしても
信じないそぶり
悲しい涙を流してる人は
きれいなものでしょうネ
涙をこらえて笑ってる人は
きれいなものでしょうネ

男はどうして女を求めて
さまよっているんだろう
女はどうして男を求めて
着飾っているんだろう
いいかげんな奴らと口をあわせて
おれは歩いていたい
いいかげんな奴らも口を合わせて
おれと歩くだろう

たたかい続ける人の心を
誰もがわかっているなら
たたかい続ける人の心は
あんなんには 燃えないだろう
傷つけあうのがこわかった昔は
遠い過去のこと
人には人を傷つける力があったんだろう

吹きぬける風のような
おれの住む世界へ
一度はおいでョ
荒れ果てた大地にチッポケな花を一つ
咲かせておこう
おれもきっと君のいる太陽のあるところへ
行ってみるョ
そして きっと言うだろう
来てみて良かった 君がいるから

長い長い坂を登って
後ろを見てごらん 誰もいないだろう
長い長い坂をおりて
後ろをみてごらん
皆が上で 手を振るサ
きどったしぐさがしたかったアンタ
鏡を見てごらん
きどったアンタが映ってるじゃないか
アンタは立派な人サ

激しい激しい恋をしているおれは
いったい誰のもの
自分じゃ 言いたいのサ
君だけのおれだと 君だけのものだと
裏切りの恋の中で
おれは一人もがいている
はじめから だますつもりでいたのかい
僕の恋人よ

古い船には新しい水夫が
乗り込んで行くだろう
古い船をいま 動かせるのは
古い水夫じゃないだろう
なぜなら古い船も 新しい船のように
新しい海へ出る
古い水夫は知っているのサ
新しい海のこわさを

いったい
おれ達の魂のふるさとってのは
どこのあるんだろうか
自然に帰れっていうことは
どういうことなんだろうか
誰かが言ってたぜ
おれは人間として 自然に生きてるんだと
自然に生きてるって
わかるなんて
何て不自然なんだろう

孤独をいつの間にか
淋しがり屋と かんちがいして
キザなセリフをならべたてる
そんな自分を見た
悲しい男と 悲しい女の
いつものひとりごと
それでも いつかは
いつものように 慰めあっている



と言う事で、
吉田拓郎さんの「イメージの詩」でした。
この曲は僕がもっとも好きな曲の一つです。
20代でこの曲を作った
拓郎さんのエネルギー僕も感化されたいのです。


もしかしたら、以前に書いたかもしれませんが、
僕の持論として
「歌の歌詞は、歌詞だけで満足してはいけない。」
というのがあります。

歌詞が歌詞であるということ。
歌詞と曲(&唄)が合わさって初めて
一つの作品、一つのイメージとなるべきなのです。

とは言え、BLOGでは音楽を流せないので
まずは歌詞を。
できれば原曲を聞いてみてください
きっと、エネルギーを感じるはずですから。

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